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『神破の姫御子』短編2
遅くなってしまってすみません…(>_<)!

『神破の姫御子』短編其の弐をアップいたします。

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『神破の姫御子』短編
先日、『神破の姫御子』全巻セットが発売されました♪
6年ほど前になりますが、神破〜完結の際に出版社さんのサイトでアップしていただいた短編を、当ブログに再アップいたします。
短編ではありますが文庫ページ数にして約20ページほどあり、一気掲載は少々長いため、2回に分けてアップしますね。
続きは明日のアップの予定です♪
よかったら、読んでいただけたら嬉しいです。

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○○たんと呼ばないで
 ○○たんと呼ばないで

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その頃の彼ら

 【その頃の彼ら】


 ――ユリシーズ教主が自らの誓約のヴァハラ、アイネイアスと通路で、キルラはゼノやクロエとともに図書堂で、そしてラウラとヒューバートが光鈴堂で、ヴァハラ獣界の猛獣、ヤトと戦っていた頃。


 舞台へと向かった、イムとトラヴィス、ふたりの護衛はどうしていたかというと……。

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甘いものは好きですか?


 「第二章、第三項目……」
 ラウラ・ファウベルは、オフラ教から配布された小冊子の目次に目をやり、ページをぺらりとめくった。
「ええと、『ヴァハラが口にしていいものは、穀物、肉、魚類、野菜、乳製品、酒等、基本的に人間が食べられるものでしたら大抵大丈夫です。特に酒類を好むヴァハラは多く、大量でない限り、酔うことはありません』……か」
 サクリクスやイムが美味しそうに飲んでいるから、彼らの好物が酒だということは、ラウラも知っている。
 だがそれは成体だったら、だろう。
 年齢を訊いたことはないけれど、ラウラの誓約のヴァハラ、キルラ−キルレ−キロルは、どう見ても幼体だ。
 酒以外で好物はないのかと、今一度冊子に目を落とすが、それ以上特に記されていなかった。
 ヴァハラ獣界では当然生食だっただろうし、いわゆる『料理』というものは、人界にやってきて初めて口にしただろう。
 キルラはラウラたちと同じ食卓で、同じものを口にしている。
 ガーディナー家の料理人がつくってくれる食事はどれも本当に美味しくて、ラウラはもちろん、キルラも美味じゃと喜んでいた。
「我も酒というものを飲んでみたいのじゃ」
 キルラがそう言ったのは、数日前のことだった。
 キルラの望みとあらば、大抵のことは叶えてやりたいラウラだが、それにはうなずけなかった。
「キルラにはまだ早いんじゃないかなあ」
 人間とは身体のつくりが違うのだから、幼いヴァハラが酒を飲んでも大丈夫なのかもしれない。
 そうは思うものの、やっぱり心配だし、とラウラは首を横に振った。
 もう少し大人になってからね、と頭を撫でると、その夜はキルラも渋々うなずいた、のだが――。
 昨夜のことだ。
 毎夜美味しそうに酒を飲んでいたサクリクスが言った、何気ないひと言が発端だった。
「キルキルには酒の美味さはまだわかんないだろうから、飲まなくていいんだよ。もっと大きくなったら一緒に飲もうぜ」
 いつも羨ましそうに見ている養い子を宥めるための言葉だったのだろうが、サクリクスに『わかっていて』、自分には『わからない』事柄がある、ということが、キルラには我慢ならなかったのだろう。
「我とてわかるのじゃあ!」
 そう叫ぶや、サクリクス用にと注がれた、なみなみと酒が満たされた器の中に、勢いよく飛び込んでしまったのだ。
「キルラッ!?」
「うはははっ、飲んでやったぞ! 面白い味がするのう。苦いが甘くてシュワシュワじゃあ」
「キルラってば!」
 慌てて器の中から掬い上げようとしたのだが、寸前でキルラは飛び上がり、ラウラの手をすり抜ける。
「あ」
「うふふふー気持ちがよいのじゃあ。シュワシュワうふふ」
 ふっくらふわふわのキルラの毛は、たっぷり酒を含んで小さな身体に貼りついている。その束になった毛からは酒が滴り、床やテーブルの上に、容赦なく落ちてきた。
「キルラ、下りてきて……!」
「あああ……、美味い酒が台無しだ」
 サクリクスは養い子の暴挙より、酒がほとんど残っていない方が気になるようで、未練がましく器の底を覗き込んでいる。
 キルラのもうひとりの誓約者はといえば、騒ぎなどまるで気にせず食事中だ。だがラウラがちらりと二番目の誓約者――ヒューバートに視線を向けたら、「手は必要か?」とでもいうように、軽く首を傾げた。
 お願いします〜、と言いかけたその時、キルラが目の前に下りてきた。
「気持ちよいぞ。ラウラも飛ぼうぞ!」
「いや、わたし飛べないし!」
「では我がラウラを抱えて飛んでやるぞ!」
 キルラはラウラの背に回り込むと、襟元をむんずと掴んだ。
「ひゃあっ」
 酒に濡れたキルラの手が首筋に触れて、その冷たさに肩がひゅっと竦んだ。
「んーんーんーっ、不思議じゃ、持ち上げられないぞ?」
「いや、不思議じゃないよ。ムリだって!」
「ムリではないぞ。我はラウラの誓約のヴァハラにゃからにゃ」
「は?」
「にゃのりゃよ? にゃからわりゃはにゃんでもできるのにゃ」
「キルラろれつ回ってないよ!? え、もしかして酔っ払っちゃった?」
「酔ってないのにゃ」
「酔ってるよ、酔ってる!」
 ――やっぱりキルラにお酒は早かった!
 目を離さなければよかったと後悔しつつ、キルラを捕まえようと、手を後ろに回す。だがその寸前で、またしてもキルラは飛び上がったものだから、ラウラの手は空を切った。
「うーふふ、気持ちいいのお」
 料理が並んだ食卓の上に降り立つや、キルラは目の前にあった酒瓶を両手で抱えて上昇する。
「ちょ……、キルラ、何するの? もう飲んじゃダメだよ!」
「うむ、我ではにゃく、皆にふるまうのにゃあ!」
「は? わ、わっ!」
 フラフラ飛んでいたかと思うと、キルラは酒瓶ごと真っ逆さまに落ちてきたものだから、室内はあちこち酒まみれ、大変な有様だ。
「キルラ!」
「うおぅっ、キルキル、やめろっ、もったいねえだろうが!」
「サクリクスさん、今はお酒どころじゃないですってば!」
 もうやめて〜〜ッ! とラウラが叫んだその時、きゃっきゃと笑い声をあげながら飛び回るキルラを、むんずと掴む、大きな手があった。
「んむ?」
「そろそろやめておけ」
 手の主――ヒューバートはキルラから酒瓶を奪った。
 酒瓶にはまだ少し、酒が残っている。
「ううむんっ、嫌じゃ、もう少し飲みたいのじゃ!」
 キルラはすっかり酔いが回っているようで、普段は言わないワガママを口にし、頑是ない幼子のように駄々をこねる。
 そういう姿も可愛いといえば可愛いのだが、もちろんもうこれ以上、一滴たりとも飲ませるわけにはいかない。
 ヒューバートはちらりとラウラを見、そうして濃い青色の美しい酒瓶へと視線を移すと、そのまま流れるような仕草で酒瓶に口をつけた。
「あ、ヒュー、てめ、ひとりで飲むなよ!」
「全部飲んではダメじゃ!」
 二匹のヴァハラの声をあっさり無視して、ヒューバートは酒を一気に飲み干したのだった。
 ――そ、そんな一気に飲んで大丈夫なの?
 だがラウラの心配をよそに、ヒューバートは顔色ひとつ変えることなく飲み終えると、空になった瓶を卓上に置いた。
 ヴァハラ二匹は恨めしそうに酒瓶とヒューバートを交互に見やるが、将軍はまったく気にすることなく、首根っこを掴んだキルラを、ラウラに差し出した。
「湯浴みをして来い。キルラ−キルレ−キロルは湯ではなく水の方がいいだろう」
「あ、はい」
 うなずいたラウラの頬に、ヒューバートの指先が伸びてくる。そうして何かを拭うように動いた。
「……将軍?」
「酒の泡がついている」
「あ」
 慌てて頬に触ろうとした手を、ヒューバートに掴まれた。と同時に、顔が近付いてきて――小さく音を立てて、頬に、ヒューバートの唇が触れた。
 驚いて一気に仰け反ったラウラの目の前で、ヒューバートはさらに指を自らの唇まで持っていって、ぺろりと舐めたものだから、ぐわん、と体温が上昇した。
「しょ、将軍も、もしかして酔っちゃったんですか……!?」
 ラウラはひと口もお酒を飲んでいないのに、頬が熱くてたまらない。
 するとヒューバートは、微かに目を細めて笑う。
「かもしれないな」
 背後でサクリクスが、ケッ、となまぬるーい視線を向けて来ていた。

          

 翌日のキルラは、二日酔いの人間同様、割れるように痛むのであろう頭を抱えながら、迷惑をかけた全員に、しょぼしょぼと頭を下げて回っていた。
 今はラウラのベッドの上で、うんうん呻きながらぐったりと横になっている。
 だが幼いとはいえ、さすがヴァハラ、といえばいいのか、酒が相当美味かったらしい。
 二日酔いになりながらも、「頭は痛いが美味かったのう。また飲んでみたいものじゃ」とこっそり呟いているのを、ラウラは聞いてしまった。
 もちろん、大人になるまで、飲ませるわけにはいかない。
 そんなわけで、お酒に代わる、ヴァハラの好物はないものかと思い、ヴァハラの儀に際し、オフラ教から渡された小冊子を引っ張り出して、改めて読んでみたのだが、どこにも書いていなかった――というわけだ。
「んー……」
「昨夜はえらい騒ぎだったんだって、小娘?」
 小冊子を覗き込みながら唸っていたラウラの背後から、ヒューバートの側近、シド・エリクソン少佐が声をかけてきた。
「ええ、もう。なんだか今も、髪にお酒の匂いがついちゃっているように感じます」
 ラウラがため息をつくと、シドの足元に、行儀よくお座りをしているイムが、「大丈夫ですよ、匂いません」とフォローをしてくれた。
「イムさんは、何かお好きな食べ物ってありますか?」
「基本的に、毒でない限りなんでも食べますよ」
「甘い物とか辛い物とか」
「それは個体によって、好みは違うかと」
「ちなみにイムは、甘いものあんまり好きじゃないけど、サクリクスは酒も甘いのも大好きだしな」
「……そうなんですか。じゃあエリクソン少佐はちょっとつまらないんじゃないですか?」
 甘い菓子が大好きなシドだから、イムが甘いもの好きだったなら、きっと好きなだけ与えたかもしれない。
「商業区の大通り沿いにある、菓子処『ユーチェリス』の焼き菓子は好きですよ。あまり甘くなくて、木の実がたくさん入っていて香ばしいんです」
「あ、知ってます〜! わたしも好きです。ジャムがサンドされたクッキーも美味しいですよねえ」
「美味いって言ったら『フラディア』だろう」
「『フラディア』……! あそこ王家や貴族御用達の高級菓子店じゃないですか。わたし食べたことないんですよ」
 ラウラが、ああ食べてみたい、と言うと、シドはにんまり笑った。
「美味いぞ〜。絶妙にホイップされた二種類のクリームと、口に入れた途端とけそうなくらいふんわりやわらかしっとりスポンジに、真っ赤な果物をいくつも並べてサンドされたケーキとかさ、香辛料を利かせたスパイシーなしっかり硬めのクッキー生地の上に、ざっくりすり潰した木の実が入ったクリームを乗せて、さらにその上に繊細な飴細工が飾られたタルトとか、もう絶品だし。小娘可哀相になあ、一度も食べたことないのか、そうかそうか」
 ラウラはううう、と小さく唸った。
「少佐ってホンット意地悪ですねえ!」
「あれ、今気がついたのか? 小娘どんくさいな」
「いえ知ってましたけど!」
 むう、と唇を尖らせながらも、ラウラはふと、思いつく。
 ――ケーキ、か。ありかも?
 シドとの甘いもの談議を、少し離れたところで眺めていたヒューバートへと歩を進めた。
「将軍、あの、ちょっと付き合っていただきたいところがあるんですが」
「『フラディア』か?」
「は? え、いえいえ、違います。あそこは確かに美味しいんでしょうが、わたしには敷居が高いですって!」
 そうか? と首を傾げるヒューバートの軍服の袖を、ラウラは軽く掴んだ。
「外じゃなくて、あの」
 ちらりとキルラが休むベッドへと目を向けるが、いまだにうんうん唸る声が聞こえている。サクリクスが看病しているから、部屋を離れても大丈夫だろう。
 ラウラはヒューバートへ、『付き合ってもらいたい場所』をそっと告げた。

          

「バカ王、ラウラはどこじゃ?」
「あ? ああ、ちょっと用事があるからって出て行ったけど、そろそろ帰ってくるんじゃね? それより頭痛はどうよ? ほかに気持ち悪いとかないか?」
「もう大丈夫じゃ」
「じゃあ腹減ったか?」
「む。そういえばそうじゃのう。朝はまるで食欲がなかったのじゃが、……む、なんだかすごーく腹が減っている気がしてきたのじゃ」
 元気になった途端、腹が減ったのじゃあ、と騒ぎ出すものだから、サクリクスは、くく、と笑いだした。
「ラウラはどこへ行ったのじゃろう」
 誓約者がそばにいないのは落ち着かなくて、キルラはベッドから浮かぶと、そわそわと廊下に通じる扉に視線を注ぐ。
 と、キルラの気持ちが通じたのか、その扉が開いた。
「ラウラー!」
「キルラ、もう元気になった?」
「なったのじゃ! どこへ行っていたのじゃ? さびしかった、……それはなんじゃ?」
 ラウラが両手で持つトレイの上には、茶道具のほかに、白くて丸い、ふわふわとしたものがあった。
 初めて見るその食べ物に、目がくぎ付けになる。
「これはね、ケーキっていうの」
「けーき……?」
「そう、簡単なものだけど、つくってみました」
 ラウラの後ろから、ヒューバートも入室してくる。
 ふたりから漂ってくるのは甘い香りで、キルラはすんすん、と鼻を近づけてその匂いを嗅いだ。
「いい匂いじゃ」
「ホントだ。すげーいい匂い」
 サクリクスもまた、そばに近づいて来て、興味深そうに、『けーき』に視線を注いでいる。
「キルラ、お腹空いたなら、これ食べようか?」
「食べるのじゃ!」
『けーき』から目を離せない。
 だが昨夜の失態があるから、このまま白い『けーき』に顔を突っ込んで食べてみたい衝動をぐっと堪えて、ラウラが取り分けてくれるまで待った。
 ソファーに腰掛けて、ラウラは器用にケーキを切り分ける。そして一切れずつ、それぞれの前に置いた。
「キルラ、はい」
「いただきます、じゃ!」
 ラウラはスプーンで掬ったケーキを、キルラに差し出す。
 あーん、と口に入れた、次の瞬間――
 キルラは両頬に手を当てて、ふにょふにょと目を細めた。
「……、どう、かな?」
 ラウラがちょっと不安そうに、キルラの目を覗き込んで来た。
「う、美味いのじゃ、美味いのじゃ……! ラウラ、もっと欲しいのじゃ!」
「あ、よかったー。はい、どうぞ」
 スプーンがやってくるのを待ちきれず、キルラはラウラの手にしがみつきながら、必死になって顔を前に突き出した。
 ふわぁん、と口中に、幸福な味が広がっていく。
 こんなに美味しいものを食べたことはない。
 格別に美味しいものを食べた時、生き物はこのうえない幸せを感じるものなのだと、キルラは初めて知った。
 とける。口も目も頬もお腹の中まで蕩けてしまいそうだ。
「美味いのう美味いのう。幸せじゃあ」
「ホント美味しいな。ラウラちゃんがつくったんだ」
「はい。将軍には厨房まで付き合っていただきました」
 料理人の方たちにはお邪魔だったと思いますが、とラウラは苦笑する。
「お酒は美味しいかもしれないけれど、やっぱりキルラには、大人になるまで我慢してほしいなって思ったの。でも美味しいものを我慢するのは大変だから、ほかにキルラが美味しいって思うものがあったらいいなって」
「それで、『けーき』をつくってくれたのか? 我のためか?」
 ラウラはにっこり微笑んだ。
「美味しいものが見つかってよかった。まあ、ケーキもたくさん食べるのはどうかと思うけどもね」
 ほかにも人界には美味しいものがたくさんあるから、いろいろ探そうね。わたしつくるから、と笑うラウラに、キルラは大好きじゃー、としがみついた。

 

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英雄将軍の可愛いひと


 「ではラウラくん、行こうか!」
『煌めく暁の姫元帥』、ミルドレッド・ロレンシアは、お陽さまのように輝かしい笑顔を見せながら、ラウラの手を無造作に取った。
「ミ、ミルドレッド元帥様……あの!」
 ミルドレッドは、ロレンシア現王の実妹である。
 平民のラウラは、本来ならば会うことはおろか、言葉すら交わせない相手だ。
 そんな、雲の上のような存在なのに、当のミルドレッド自身がそう扱うことを許してくれない。
 シェイン城にやってきて以来、ラウラはずっと困惑していた。
 ミルドレッドは身分の差など気にとめない、友好的すぎるお方で、どう接するのが正しいのかわからないのだ。
 相手が気さくだからといって、当然だが同様の態度を取るわけにはいかない。
 何しろ相手は王女様。
 ミルドレッドの言うこと、することには、喜んで従うべきなのだろう。
 けれど。
 ――けれど、そ、それは困る……!
「元帥様、わたし体術はしたことがないんです」
「だいじょーぶ、誰だって最初は初心者だ。ラウラくんは身体能力高そうだし、基礎だけでも学んでおいて損はないよ」
「損とか得とかではなくて……」
 ミルドレッドにぐいぐいと腕を引っ張られ、将軍助けて、と目で縋るのに、ヒューバートはラウラの危機的状況に口を挟むつもりがないらしい。
 黙って後ろからついてくるヒューバートへ、ラウラはむう、と唇を尖らせた。
 ――そりゃ、上官たる元帥様のなさることだから、将軍だって言いづらいだろうけども……!
 それに確か、ヒューバートは以前、ラウラに剣術を習わないかと誘いさえしたのだ。
 ラウラにとってはあまりありがたくない展開だが、ヒューバートからすれば、案外「ラウラ・ファウベルがどれだけ動けるか見ておこう」くらいには、興味のある流れなのかもしれない。
 ヒューバートはあてにならない、としたら、ラウラが頼りにするのはあとひとり。
 ――助けてキルラ!
 大切な誓約のヴァハラを呼ぶも、当のキルラは城内を探検中のため、ラウラの心の叫びは多分届かない。
 この場に己の味方はいないのだ、と思い知り、ラウラはがっくりと肩を落とした。
 そもそもラウラは、剣術や体術などには皆目興味がない。
 どんな話の流れからだっただろうか。
 以前暴漢に襲われた時に、ヒューバートがラウラを担いでなおかつ圧勝したという話をしたら、ミルドレッドが、
「ラウラくんが己の身を守れるように、わたしが体術の稽古をつけようじゃないか」
 といきなり言い出したのだ。
「心配なんだよ。ラウラくんはガーディナーと誓約の鎖で離れられないだろう? 再び不埒な輩が襲ってきた時、万が一ということもあるじゃないか」
「ガーディナー将軍がいらっしゃるんですから、万が一はないと思います」
 ラウラがそう言うと、前庭へと進むミルドレッドの足が、ぴたり止まった。かと思うと、勢いよくラウラを振り返り、続いてヒューバートへと顔を向ける。
 ふたりを交互に見ていたかと思うと、ミルドレッドは、ニィ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 ――え、え?
「ラウラくんってば、万が一にもガーディナーに勝てるヤツなんてこの世にはいないと、心の底から信じているんだな」
 ラウラは最前の己の言葉を思い出し……首筋にうっすらと朱が走る。
「それは、えーと、そうです、けども、将軍がお強いことは、わたしだけでなくロレンシア国民全員が知っていることですし……!」
 英雄将軍ですからね!
 そう言いつつ慌てるラウラに対し、ミルドレッドは二度三度とうなずく。
「ガーディナーがロレンシア一最強だってことは、もちろんわたしも知っている」
「で、ですよね!」
「が、それは置いといて」
「え、置いておかれるんですか」
「ただ単にわたしがラウラくんと組んでみたいだけだ!」
 パァッと面に広がった、『煌めく暁の姫元帥』の鮮やかな笑顔に、ラウラはうっかり見惚れる。その隙に強く腕を引かれ、我に返った時には、ミルドレッドの顔が間近にあった。
「いざ!」
 ミルドレッドに掴まれた腕が自由になったかと思うと、元帥の逆側の手が、ぐんと伸びてきた。
「あっ」
 じゅうぶんに加減したであろう速さながら、ラウラは慌てて首を竦めて背後に退いた。
「やっぱり反応いいな、ラウラくんは!」
『退屈なんだ』というミルドレッドの言葉を、昨日から何度聞かされただろうか。
 少しでも楽しそうなことがあると、ミルドレッドは率先して走り出す。
『万が一』のために、ラウラに体術を教える、というのも、退屈しのぎの一環といったところだろう。
 絶対に敵わない相手、かつ絶対にこちらからの攻撃を当ててはならない相手だ。
 ――ものすごーく分が悪い〜!
 次々に繰り出されるミルドレッドの拳や手刀をかろうじて避けながら、ラウラは内心で悲鳴をあげていた。
「わ、わ……っ」
「おー、お嬢ちゃん、反射神経いいな。元帥が稽古をつけたがるのもうなずける」
「今から軍に入隊するのはどうだ?」
 わらわらと集まってきた護衛兵たちが、てんでに勝手なことを口にする。
「おっ、お断りしま、す!」
「じゃあラウラくんの将来の夢は何?」
「夢……、えっと、将来の夢はお嫁さんです……!」
 だから軍人にはなりません、とミルドレッドからの攻撃を避けながら、ラウラは叫んだ。
 半分自棄だ。
 すると周囲の護衛兵たちは、ひゅう、と口笛を吹いた。
「可愛いこと言うなあ」
「か……っ!?」
 どこが、何が可愛いのかと、ラウラは目を白黒させる。
 ラウラが通っていた女学校の同級生たちに、将来何になりたいか訊けば、大抵が『お嫁さん』と答えるだろう。
 そんなにおかしなことを言ったつもりはないのに、どうしてこんなに盛り上がるのか、あまつさえ『可愛い』なんて言われるのか、ラウラはさっぱりだ。
 ――軍人さんって、ホントよくわかんない……!
 普段『可愛い』なんて言われ慣れていないラウラは、囃すような周囲の声に、顔が真っ赤になる。
 その時だ。
「ラウラくん、脚、行くよ!」
 ミルドレッドの細くしなやかな右脚が、加減されつつラウラへと繰り出された。
「え。……わっ!」
 これまでの動きをしていたら、問題なく避けられただろう。だが護衛兵たちの声にうろたえていたラウラは、自分から飛び込むように前のめりになってしまった。
 高く上がったミルドレッドの脚が、ぐん、と迫ってくる。
 ――顔に、ぶつかる……!
 咄嗟に攻撃をかわす術など思い浮かばず、ただぎゅっと目を閉じることしかできなかった。
 と。
 前のめりになったラウラの身体が、勢いよく背後に退かれた。そしてほぼ同時に、背中に何かが当たる。
「……?」
 恐る恐る目を開けると、睫毛の先に、ミルドレッドのつま先があった。
「……わ、ぁ…」
 ――こんなに脚を上げているのに、完璧に静止していて、震えてもいない……!
「ガーディナー、おまえ乱入してくるんじゃないよ。よもやわたしがラウラくんを傷つけるとでも思ったのか?」
 心外だぞ、と言いつつ脚を下ろすと、ミルドレッドは唇をつんと尖らせた。
 ガーディナー。
 ……ということは、つまり。
 そろり、と振り返った先には、いつも通り、まったくの無表情――ヒューバート・ガーディナーの姿があった。
「……将軍」
 恐らくは。
 ミルドレッドが言ったように、ヒューバートが助けてくれなくても、ラウラに攻撃は当たらなかっただろう。
 だが、傍観しているだけだと思っていたヒューバートが、ラウラの危機に足を踏み出してくれたのだ。それが嬉しくて、じんわりと胸の内が暖かくなる。
 ミルドレッドは緩く眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな顔をしていたが、ふいに、ふと何かを思いついたように、首を傾げた。
「おまえ、本当にこのわたしがラウラくんを蹴ると思ったのか?」
 いえ、とヒューバートは首を横に振った。
「ふーん。蹴らないとわかっているのに、ラウラくんを引っ張ってがっちり抱え込んだわけか」
 不機嫌だったはずのミルドレッドは、にやりと笑った。
「……」
 ミルドレッドの言葉に、ハッと己の今の状態に気づく。
 ラウラの背中はヒューバートの胸にぴったりくっついた状態だ。そのうえ、両手が腰に巻きついていた。
 つまり、傍から見れば、背後からぎゅっと抱きしめられている。――というわけで。
 身体中の血が顔に集中してしまったのではないかと思うほど、熱い頬を意識しながら、腰に回ったヒューバートの手を、指先で叩いた。
「ちょ、ちょ、し、将軍、離してください……!」
 見回せば、笑っているのはミルドレッドだけではない。その場にいた護衛兵たちまでもが、にまにましているではないか。
 見せつけられてます、俺たち? とか、仲がいいですなあ、とか、そんなからかい混じりの声が聞こえてくるから、もう顔から火が出そうだ。
 焦りまくるラウラに対し、ヒューバートときたら、まったく動じているように見えない。
 こんな時、つくづく思う。
 ヒューバートがうろたえたり困惑したりすることがあるのだろうか、と。
「将軍……!」
 重ねて離すように促すと、ようやく気づいたように、ああ、と腕を緩めた。
 安堵のあまり、その場にへたり込みそうになるところを踏ん張って、そそくさとヒューバートから距離を取ろうとし――だがそこで、再び引き寄せられてしまった。
「な、な……っ!?」
「おいおい、そろそろ離してやったらどうだ。まだ稽古の邪魔をするのか?」
 口元にうっすら笑みを浮かべて首を傾げるミルドレッドへ、ヒューバートは真っ直ぐ顔を向ける。
「ラウラ・ファウベルに稽古をつける必要はありません。自分に万が一はありませんから」
 ラウラ・ファウベルを傷つける輩は、完璧に排除します。
 ヒューバートはごくごく平静な声で、そう告げた。
 その、あまりにも堂々たる宣言に、ラウラはもちろん、その場にいた者はふっつりと口を噤んだ。
 ――さすがは英雄将軍。
 ヒューバートの言葉は嘘ではないし、ラウラは彼を信頼している。
 ラウラはこれまで何度もヒューバートに助けてもらった。これから先危険な目に遭ったとしても、彼がいてくれれば、何も怖がることはない。
 だからラウラは、ヒューバートの発した言葉をそのまま受け取り、のんきかつ素直に感心していた。
 だが。
「それってつまり、『どこの誰であろうが、俺のお嬢ちゃんに近づく輩は容赦なくぶっ飛ばす。てめえら手ぇ出すなよ』――ってことですかい?」
 そう問うたのは護衛長だ。
 ほかの護衛兵たちより年長の彼は、ヒューバートの伍長時代の部下でもある。そのためか、ほかの兵たちより幾分ヒューバートに気安かった。
「……ん?」
 その護衛長の言葉を、ラウラは反芻し、途端に、ドキリと心臓が高く鳴った。
 慌ててヒューバートを見上げ、「護衛長の、今の翻訳、ち、ちょっと意味合い違いますよね!? それってなんか『俺のオンナに手を出すな』的じゃないですか!?」と目で問う。
「そう思ってもらっていい」
 だがヒューバートは、いともあっさりとうなずいたのだ。
 ――えええ……ッ!?
 待って、ちょっと待って、それヘンですよヘンですってば!
 思わずそう叫びかけたラウラより先に、護衛兵たちがドッと沸いた。
「よもや英雄将軍からそんな言葉が聞けるとは!」
「あ、もしかしてさっきオレたちが、お嬢ちゃんのことを可愛いとか言ったから焦ったりしてます?」
 彼らの口から飛び出すからかいに、ラウラはいちいちうろたえずにはいられない。
「し、将軍……ッ!」
 なんてこと言うんですか、と顔を真っ赤にして拳を握るラウラだったが、常に無表情を貫く英雄将軍は、何が問題なんだとばかりに、軽く首を傾げている。
 ――ぜ、ぜんっぜんわかってないよ、将軍ってば。
 ヒューバートにはラウラの今の気持ちなど理解できまい、と深く肩を落とした。
 と、ぽんぽん、と軽く背を叩かれ、ラウラはぐったりしながら顔を上げる。
「……うん、まあ、ラウラくん。がんばれ」
 ミルドレッドの励ましに、力なくハイとうなずきつつも、ラウラは大きなため息をついたのだった。

                                          了

 

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好き好き大好き作戦

 


 我の名はキルラ−キルレ−キロル。
 月在らずの夜に召喚を受けた、ヴァハラ獣界の王じゃ。
 我の『大活躍譚!』は別途本編を読んでいただくとして、ここでは誓約者たちの紹介をするぞ。
 一番目の誓約者の名は、ラウラ・ファウベル。
 花も恥じらう十六歳、美しく可愛らしい容色の、勇敢でがんばり屋の乙女じゃ。
 手先が器用で、我が被る超絶キュートなこの冠も、ラウラがつくってくれたのじゃ。
 ラウラはしょっちゅう我のことを「可愛い~!」とぎゅっとする。
 大好き、と笑顔を向けられると、心の奥の方が、ふにゅんと蕩けてしまいそうなほど嬉しい。
 我にとってラウラ・ファウベルは、何にも代えがたい、大事な誓約者であり家族なのじゃ。

 我に家族はもうひとりおる。
 ヒューバート・ガーディナー。
 二番目の誓約者じゃ。
 なんでも国を救った英雄らしい。
 喜怒哀楽がはっきりしているラウラと違い、二番目は何を考えているのか、どうもわかりづらい。
 言葉も少ないし、いざ何かをしゃべったかと思えば、ラウラを怒らせるような発言が多くて、まこと困った奴なのじゃ。
 じゃが英雄将軍と謳われるだけあって、何人もの暴漢を、あっという間に倒した剣の腕は大したもの。
 初めて二番目の剣技を見た時、我はわくわくしたものじゃ。
 やはり男子たるもの、強くなければな!
 我はこのふたりの誓約者が大好きじゃ。

「――ください!」
 人界にやってきて本当によかったのう、と幸福を噛みしめていた我の耳に、一番目の声が飛び込んできた。
 言葉の端っこがとんがったその声には、ラウラの怒気が滲んでいる。
「なんじゃ、どうしたのじゃ?」
 慌てて飛んでいくと、ラウラは小さく唇を尖らせつつ、我をぎゅっと抱きしめた。
「ラウラ?」
「なんでもないの。キルラ、何かつくってあげる。王冠のほかに欲しいものある?」
 ラウラはにっこり笑うと、我を腕に抱いたまま、室内に据えられた椅子に腰かけた。
 ちらりと二番目に目をやるが、相変わらずの無表情だ。我はふー、とため息をついた。
 どうせまた二番目が一番目の気に障ることを、したか言ったかどちらかじゃろう。
 たまにこうやって口喧嘩――というか、ラウラが怒っているのにヒューバートは無言を貫くから、口喧嘩とはちょっと違うのじゃろうが――をするのじゃ。
 ふたりとも我にとって大事な誓約者だし、もっと仲良くしてもらいたいのだが、なかなか難しい。
 ラウラはほんの十ガラン程しか離れていないヒューバートを無視することに決めたようだ。
 一瞬見せた笑顔を消し、ほんのり色づいた頬をわずかに膨らませながら、レース編みをはじめた。


 昼を過ぎ、午後の菓子を食べる頃になっても、ふたりの間に会話はない。
「のうラウラ」
 シンと冷え切った室内の空気をどうにかしたくて、我はそっとラウラを呼んだ。
「ん、何?」
「あのなあ、この国の男子は、レースを身につけんのか?」
「男の人? うーん、そうね、職種によってはいると思うわよ」
「どんな職種じゃ?」
「役者さんとか、踊りを生業にしている人とか、吟遊詩人さんとか、いわゆる芸能関係者は、男女を問わず華やかな衣装を身につけているわ。……あとは、貴族の方々とか、王様のおそばに控える近習の方々とか?」
「貴族もか? では二番目が身につけてもおかしくないのじゃな」
 ならば二番目に何かつくってやるというのはどうじゃ――と、我ながらナイスじゃあ! と思える話の流れのはずだったのに、『二番目』と聞いただけで、ラウラのこめかみが、微かに波打った。
「貴族の方でも、つける方とそうでない方がいらっしゃるから」
 そう言うと、ラウラはふっつり口をつぐんでしまう。
「そ、そうなのか? なあ二番目も欲しいのではないか? 我だったら欲しいぞ!」
「必要ない」
 二番目に話を振った我が悪かったのか、あまりにもそっけないその返事を聞いて、一番目はさらにむっと唇を引き結んでしまう。
 ――うう、撃沈じゃあ。
 それからも心を砕いて言葉をかけ続けたのじゃが、一向に仲直りをする気配もない。
 手先が器用なラウラなど、ふわふわのレースショールの仕上げに入っておるし、ヒューバートはといえば、仕事だかなんだか知らぬが、机上にある紙にずっと視線を落とした状態で、咳払いひとつせず、身動ぎすらしない。
 むう。
 このままではダメじゃ。
 なんとかふたりを仲直りさせねば……!
 いてもたってもいられず、我はラウラの隣から、そぉっと身を浮かせた。
 そうしても、ラウラは一心にレース編みをしているから、まったく気づかない。
 そのまま移動し、両手を扉の取っ手に添えると、身体ごとくるんと回る。
 そうして少し開いた扉の隙間から、素早く廊下に飛びだした。

「はあああ」
 まるで氷の棺のような部屋じゃった。
 身体ではなく心が凍えそうじゃ。
「どうしたらよいのじゃろうなあ」
 うむむ、と首を捻りながら、あてもなく廊下を進む。
 場所を移せば何か閃くかと期待したのじゃが、妙案などそうは思い浮かばない。
 と。
 階段を上ってくる足音がひとつ、いやほとんどしないが、もうひとつ。
 この足音たちは。
 こちらにやってくる人物が誰なのか気づいた瞬間に、我は一気に飛んだ。
「そっき―――んっ!」
「うぶっ!」
 勢い余って相手の顔に思いきり突っ込んでしまった。
「痛いぞ側近っ!」
「痛いのはこっちだ! しかも、おま、顔どころか口くっつけんなっつの!」
 足音の主は、ヒューバートの側近と、誓約のヴァハラじゃった。
 なんというタイムリーな訪問じゃー。
「なんじゃ、口が頬にくっついたくらい、いいではないか。それより側近、おまえに訊きたいことがあるのじゃ。知恵を貸せい!」
 我よりヒューバートとの付き合いの長い奴らじゃ。きっといい案が出てくるに違いない。
「ヴァハラは知らないかもしれないけどなあ、人間にとって唇をくっつけるのは、親愛の情とか恋愛感情があるとか、とにかく相手が好き好き大好きって時にする行為なの。キルたん、僕のこと好きなわけ?」
「側近は前にラウラをいじめたし我を解剖するとゆうたから好き好き大好きではない」
「だろ」
「じゃがそのあとでヒューバートとラウラを助けてくれたことがあるから、そう嫌いでもない」
 そう言うと、側近はちょっと驚いたように目を瞠り、足元に座る側近のヴァハラは、ふふ、と小さく笑った。
「何を笑っておるのじゃ?」
 側近のヴァハラの近くへと移動する。
「なんでもありませんよ、小さきヴァハラ。それで、知恵を貸せとは、どうかしたのですか?」
「おお、そうじゃ。側近に訊きたいことがある――あったのじゃが、うむ?」
『口をくっつけるのは、好き好き大好きって人にする行為なんだよ』
 先刻の側近の言葉を思い出す。
「口をつければ誰でも好き好き大好きなのか?」
「まあ、嫌いな者にはしないでしょうね」
「――そうか」
「なんだよキルたん、誰かにちゅーしたいのか?」
「ちゅーとはなんじゃ?」
 口をくっつけること、接吻、キスのことだよとの説明に、なるほどとうなずく。
 ひとつ賢くなったぞ。
「で、どうしたわけさ?」
「うむ。作戦名は『好き好き大好きちゅーして仲直り作戦』じゃ! 側近と側近のヴァハラよ、礼を申すぞ」
 まこと良きことを聞いた。
 待っているがよいぞ、一番目と二番目!
 むふふと笑いながら、我はラウラとヒューバートがいる部屋へと戻る。
 いざ、作戦決行じゃー。



                   



「なんだろうねえ、あれ」
「誰かと誰かを仲直りさせたいのでしょう?」
 目を細めるイムに、シドもまた唇の端を微かに上げて笑う。
「ヒューは周囲がどう思おうとてんで無頓着だし、小娘は小娘で、意外と強情だしな」
「間に挟まれた小さきヴァハラは苦労性ですね」
「ま、珍獣キルたんのお手並みを拝見しようかね」
 シドとイムは笑いながら、小さな自称ヴァハラが入っていった部屋へと歩を進めた。

 

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ハミルトン王家のひとびと
 

「アンドリューさまー、アンドリューさまぁ、何処へおられますか〜〜〜ッ!?」
 四六時中あとをついてくるセスが、今にも泣きそうな声で僕を呼んでいる。
 生い茂る葉と可憐な花々が咲く花壇の背後から、ひょい、と声の方に目をやったら、セスってば、泣きそう、どころか本当にポロポロ涙を零していた。
「あーあ」
 セスは僕より年上なのに、すごく泣き虫なんだ。
 男たるもの、いついかなる時にも泰然とした態度で臨みましょうと僕に教訓を垂れたのは、ハミルトン王国左軍将軍で、僕の剣術指南役でもあるセスのお父さんなのになあ。
 セスはいつもあんなに泣いてて、お父さんからげんこつを食らわないのかしら?
 まあ、年上といっても、ひと月ちょっとだけどね。
 セスのお母さんは僕の乳母で、今僕が見えないことで、ひくひく喉を震わせて泣いているセスとは乳兄弟という間柄だ。
 厳格で曲がったことが大嫌いなお父さんと、優しくて穏やかだけれど、怒るとお父さんより怖い大貴族の出のお母さんの間に生まれたセスは、上に4人のお姉さんがいる。
 その4人のお姉さんからよってたかって可愛がられ(?)たセスは、たったひとりの男子――跡取りだというのに、気弱で泣き虫なんだ。
 あれじゃあ将来苦労するんじゃないかなあなどと考えながらも、僕は、僕を懸命に探すセスの前に顔を出すつもりはなかった。
 僕は今日、どうしても行かなければならないところがあるからだ。
 でもそこへ行くことは、南の翼棟専任の侍従長から固く禁じられている。だからセスをそこへ連れて行かないのは、主たる僕のちょっとした心配りってこと。
 なんて、僕から目を離して、その場所へ行かせてしまったことと、行ってはいけない場所についていくこと、どっちにしろセスは大目玉だろうけど……なんてことを思いつつ、セスやほかの従者や侍女たちに見つからないよう、僕はそろりとその場から歩きだした。
 ひとに見つからないように宮殿の敷地内を移動することは、ほぼ不可能に等しい。
 たとえ、あともう少しで夜の帳が落ちて来る時間帯だとしても。
 見つかったら最後、僕は南の翼棟に連れ戻されてしまう。
 だけど今日の僕は、秘密兵器を用意していた。
 ひとどおりのない、木陰の隅に腰を下ろすと、斜め掛けにしていたバックの中に手を突っ込んだ。
「要するに、僕が僕って分からなければいいんだ」
 僕を構成する要素の中で、一番目立つのがこの金髪。そしてビラビラと大層な飾りがつけられた純白の服。
 僕は思い切りよくその服を脱ぎ捨てると、同じ年頃の下使から譲ってもらった、飾り気の一切ない茶色の目立たないそれに腕を通した。
 それから肩まである髪をぎゅっと縛って、くるくるとまとめる。その髪を、服と同色の帽子の中に押し込んだ。
 脱いだ服をバックの中に丸めて入れると、すっくと立ち上がる。そのまま勢いよく走りだした。
 案の定、庭のあちこちにいたひとたちは、僕だって全然気づかないようだ。いつも大仰に挨拶されるのに、僕なんて視界の隅にも入っていないみたい。
 成功だ!
 目指すは北の翼棟。
 たったひとりの弟に、僕は会いに行くのだ。
「今後弟君にお会いしてはなりません」
 侍従長の声を思い出す。
「ふひひ、しーるもんかー」
 弟に会いに行って何が悪い。
 宮廷人たちの思惑に、なんで僕が乗らなければならない。弟を排除しなければならない?
 僕の意思は僕のものだ。誰にも邪魔させない。
「待っててねーイヴァン。お兄ちゃんが行くから!」
 足元が少しスースーするけど気にしなーい。僕は北の翼棟へと、軽快に走った。


         


「ニコラ王妃が逝去いたしました」
 侍従長から『それ』を聞かされたのは、今朝のこと。でも王妃が亡くなられたのは、それよりさらに三日前だった。
 僕には、王妃の国葬が執り行われる寸前まで、そのことを知らされなかった。
 きっとその凶報を耳にした途端、南の翼棟から一番遠いあの棟へと向かうに違いないと思われたからだろう。
 当たり前だ。
 僕を可愛がってくれた義母が亡くなったというのに、どうして息子が行ってはいけないんだ?
 だけど僕は、そう言って侍従長に詰め寄るような真似はしなかった。
 だってこれからあのひとを送らなければならない。その前に騒いで、彼女の御魂を困らせたくなかったのだ。
 だから葬儀の間、僕はひと言だってわがままを言わず、あれこれ指図する侍従長の言葉に従った。
 心の中では腸が煮えくり返っていたし、誰に対するものでもない、罵詈雑言が渦巻いていたけれども。
 ニコラ王妃。ニコラちゃん。
『公の場でなければ、そう呼んでも構わないわよ!』
 朗らかに笑う彼女の笑顔を思い出す。
 最初の王妃――僕の母上は、僕を産んですぐに身罷られた。
 そのあとで父上に望まれたのが、ニコラ王妃だった。
 中央に出仕しない、地方の貴族の出だと聞いている。
 父上が避寒に向かった地で出会ったそうで、噂によれば父上の一目ぼれだったらしい。
 それもうなずける。
 ニコラちゃんは、赤みの強い美しい金色の巻き毛と、朝焼けのような、オレンジともピンクとも紫とも見える、神秘的な色の瞳をしていた。
 宮廷の貴族たちにつけられたふたつ名は、『暁の女神』。
 女神にも譬えられるほど端麗な容姿をしていながら、気が強くておしゃべりで、でもすごく優しい方だった。
 楽しい時には扇で口元を隠すこともなく、よく笑っていた。
 貴婦人にしては豪快に口を開けて笑う声を、今でもはっきり覚えている。
 でももう、この世にはいない。笑い合うことも、お話をすることもできない。
 ――あの方はもう、いないのだ。
 走りながら、ぐすん、と鼻をすすった。だけど泣かない。
 僕よりもっと悲しんでいるひとがいることを知ってるから。
 ぐいと鼻の下を擦ると、まっすぐ前を向いてさらに走った。
 待ってて。今行くから。
 ニコラちゃん以外に甘えられるひとがいない北の翼棟の中で、ひとり膝を抱えて泣いている、たった五歳の弟の姿が思い浮かぶ。
 葬送の儀が終わったなら、もう僕を止める者はいない。僕は僕のやりたいことをする。
 弟のもとへ、まっすぐに行くのだ。
 北の翼棟は遠い。
 へとへとになりながら、それでも僕は足を止めなかった。
 そうしてようやく、純白の棟へと到着する。
 はひはひ息を乱しつつ、僕は棟を見上げた。
「イヴァン、どこにいるかなあ」
 二階の自室だろうか。それとも、ニコラちゃんの私室かな?
 考えつつ一歩進んだ途端に、騒がしい声が聞こえてきて、僕は、うわ、追手がやってきたかもと、咄嗟に建物の陰に身をひそめた。
「駄目だ、こちらにもおられないぞ……!」
「とにかくお捜しするのだ!」
 けれど声の主は追手ではなく、北の翼棟で働く使用人たちだった。彼らはバタバタと走っていく。
「……」
 全員をやり過ごしたところで顔を上げた。
 彼らがあんなに慌てふためいている理由なんて、僕にはひとつしか思い浮かばない。
 ――イヴァンが、いなくなった?
 嫌な予感が、背筋を震わせる。
 僕はたまらず立ち上がると、北の翼棟の使用人らと同様に、その場から走りだした。
「イヴァン」
 ああ、もっと早く来ればよかった。
 葬送の儀が終わったら、なんて悠長なことを考えていないで、誰になんて言われても、北の翼棟に来て、ずっとそばにいればよかった。
 僕は走りながら、イヴァンが行くであろう場所を頭に浮かべる。
 ニコラちゃんを偲べる場所。ニコラちゃんが好きだった場所。行きたがった場所。
「あそこだ」
 すぐに思い浮かぶ。
 僕は今来た道を戻る。
 行き先はあそこしかない。
 確信を抱いて、僕はもう一度走った。


         

      

 主はもうないのに、花は華やかに咲き誇っている。
 すでに天に太陽はない。代わりに月が、清かな光を地上に投げかけている。
 その光を頼りに、僕が向かったのは花庭だった。
 この国の至宝花、『富貴花』ではなく、生花の庭だ。
 ニコラちゃんが故郷の花を植え、手ずから育てていた花々。
 その色が好きなのか、花は赤いものが多い。
 イヴァンの鮮やかな色の髪とよく似た。
 追手に見つからないように回り道をしたけれど、案じなくても森の中にひっそりと在るその花庭の周囲に、ひと気はなかった。
「あ」
 だがそこに、僕はひとりの姿を見つけてしまう。
 花庭のすぐそばにある、紫樹と白樹でできたガゼボ(西洋風あずまや)。
 そのガゼボ内に据えられているベンチに座り、花庭を見つめる横顔――僕の声に気づいた相手が、ゆっくりと顔をこちらに向けてきた。
「……ちちうえ」
 どうしてここに、とは思わなかった。
 父上もまた、義母上を偲んでいたに違いないのだから。
 それでも、供もつけずに、しかも葬儀が終わってそんなに時間が経っていないのに、父上がここにいるためには相応の無茶をしたんじゃないかな。
 もしかして腹心の宰相にも告げずに、こっそり抜け出してきたんだろうか。
「父上、イヴァンを見かけませんでし……あっ」
 ベンチに座る父上へと近づいていくと、そこに探していた弟の姿を見つけた。
「イヴァン!」
 声をあげた瞬間に、父上に静かにしなさいとたしなめられる。
 はいとうなずきつつ、僕は今のこの状況に目を丸くしていた。
 イヴァンは眠っていた。
 父上の膝に頭を乗せて。
 びっくりしたびっくりした……!
 だってこれまで父上がイヴァンを甘やかす場面なんて見たことがなかったから!
 いつだってしかつめ顔をしていて、必要最低限のお言葉しか掛けてくださらない。
 父上ってばお口が退化してしまっているんじゃないかしらって、僕はひそかに思っていたのだ。
 それが、ひざまくら!
 僕はふたりのもとへと足早に向かう。
 月の光だけでは見えづらかったけれど、なめらかでふっくらしたイヴァンの頬には、幾筋もの涙の跡があった。
 葬儀の時と同じ、漆黒の服のままの弟は、まだたったの五歳なのに、まるで老人のように眉間にしわを寄せている。
 イヴァンを起こさないように、そおっとベンチの隅に腰掛けた。
 ちらりと父上に視線をやると、いつもと同じ、無表情だった。でも近くにいると分かる。父上も、ニコラちゃんがいなくなって悲しんでいることに。
「イヴァンはいつからここへ?」
 弟の幼い寝顔を見ながら、僕は父上へ問う。
「わたしがここへ来た時にはすでにこの状態だった」
 常よりなおひそやかな声で、父上はそう返してくる。
 多分泣き疲れて眠っちゃったんだな。
 父上は、まるで壊れ物に触るような物慣れない手つきで、そろりそろりとイヴァンの髪を撫でている。
 その様子が僕には嬉しくて、でもきっとこういう時でなければ、決して見られないであろう光景だって知っているから、なんだか無性に切なくて、鼻の奥がツンとした。
 それから僕たちは、宰相が父上を迎えにやってくるまで、言葉もなく美しい花を見つめていた。
 宰相は僕やイヴァンなど目に入っていないかのように、父上だけを見つめ、そうしておごそかな声で告げた。
「そろそろ内殿へお戻りを」
 父上は、腹心たる宰相にも黙ってここに来たんだろう。でも腹心にはバレバレで、ある程度の時間をひとりにしておいてくれたようだ。
 まったくよく出来た宰相だ。
 僕が王になった時、これほどよく出来た腹心はそばにいるかしら?
 セス?
 うーん、セスじゃあ、頼りないなあ。
 これから鍛えてあげたほうがいいのかも?
 そんなことを考えていたら、宰相は父上の膝を独占しているイヴァンに、ちらりと視線を落とした。
 父上もまた、イヴァンを見下ろし――そうして微かに息をつくと、あまり筋力があるようには見えない細い腕で、息子を抱き上げた。
 おお。
「お連れするのですか」
「このままにしてはおけまい」
「北の翼棟の者たちを呼べばよろしいかと」
 そっけなく告げる宰相の冷たい声に、僕はムッとする。
 前言撤回。
 いくら有能でも、こういう人間はダメだ。こういうのが僕の腹心になんてなったら、なんだかすごくすごく腹が立って、全面対決必至な気がする。
「今夜だけだ」
「――陛下の御心のままに」
 宰相は深々と頭を下げると、イヴァンを父上から引き取ろうとする。それを父上は否と首を振って拒んだ。
 ……大丈夫かしら。途中でイヴァン、落とされないかなあ。父上ひ弱だから心配。
「アンドリュー」
 ガゼボから出て歩を進めかけた父上が、僕を振り返った。
「おまえも南へ戻りなさい」
「はい。――父上」
 僕は立ち上がった。
「なんだ」
「今夜はイヴァンをお願いします」
「……今夜だけだ」
「明日からは僕がそばにいます」
 父上は、微かに唇を開いたけど、結局何も言わない。
 ――父上は本当に、口が重い。
「南の者たちが僕に北へもう行かないようにと言いました。でも僕は聞きません。僕は僕のしたいことをしますから」
 たとえ南の者たちの言葉が、父上からの命であったとしても。
 言外にそう告げる。父上はしばし無言だった。
 でも少しの間のあとで、父上は踵を返す。
 白い横顔が夜の闇の中はっきりと見え、口元が微かに動いた。
 そしてひと言。
 その呟きは、木立を揺らす風音にかき消されそうなほど小さなものだったけれど、僕の耳に確かに届いた。
 ――おまえはいつだってしたいことをしているだろう。
 唇に、ほんの少しだけ笑みを浮かべながら、そう。
 腹心とともに歩く父上を、僕は見送る。
 つまりそれは。
「好きにしていいってことだな、うん!」
 僕は勢いよくガゼボから飛び出した。
「アンドリュ〜〜〜さまぁぁぁッ!」
 と、ほんのりいい気分を台無しにする、情けなーい声が、その場に響き渡る。
 あーあ。
 声の主は言わずもがな――僕の頼りにならない従者のセスだ。
 セスは転がるようにして僕の前にやってくると、お探しいたしましたとかどうしていきなりいなくなられたんですかとかイロイロ言いだしたけど、ふいにハッと息を止めた。
 そうして僕の格好を、頭のてっぺんからつま先までまんべんなく見ると、わなわなと唇を震わせた。
「ア、アンドリューさま、そ、そのお姿はいかがされました!?」
「ん? 似合うー?」
 帽子を取ってくるりとその場で一回り。
「に、似合う……って、そ、それは下使の、しかもス、スカート……ッ!」
「だって僕の近くにいて、僕とおんなじくらいの背丈と体型の子って、女の子しかいなかったからさ。脚がちょっとスースーするけど慣れれば平気だし、案外似合うよねえ。僕びっくり」
「ア、アンドリューさまあ……」
 セスは、僕を探し回ってクタクタなのか、その場にがっくり座り込んでしまった。
「平気? セス」
「平気でございます。ございますが、そのような格好を侍従長に見られましたら、またなんと言われることか……」
「セスは侍従長に叱られるのが嫌なの?」
「わたしではありません、アンドリュー様がです!」
 僕もセスの前に腰を下ろすと、セスってば、また泣いてるよ。
 泣き虫だなあ。
「んー、セスは僕が侍従長に叱られるのが嫌なの?」
「嫌でございますよ」
「僕が悪い時はちゃんと聞くよ。叱られるのも必要でしょ。でも僕が悪くない時に、なんて言われたって、どうってことないじゃない。なんで気にしないといけないの」
「そ、……それは……」
 ねえセス、と僕は、僕の従者を真っ直ぐに見つめた。
「僕は、僕の正しいと思ったことをするよ。王家の者としての矜持も大事だし、無駄にないがしろにするわけじゃないけど、僕にはもっと大事なものがある」
「……アンドリュー様」
 ふふ、と僕は笑った。
「ついて来られるかなーセスは」
 セスはうっと声を詰まらせる。でも次の瞬間、唇を引き締めると、セスにしては珍しく、はっきりとうなずいた。
「何処へでもついて参ります。わたしはアンドリュー様の従者なのですから」
「よく言った! じゃあ南の翼棟まで競争だ!」
「はっ? え、ア、アンドリューさま、早……ッ!」
 一気に駈け出す。
 セスは後ろから待ってください〜と情けない声をあげて走ってくる。
「戻ったら一緒に侍従長に怒られようね」
 まあ右耳から入った小言は左耳から抜けちゃうだろうけどさ。
「わ、わたしもですか!?」
「もちろーん。だってセスは僕の一番の従者でしょ? いちれんたくしょーさ」
「ええっ」
 慌てふためくセスの声を聞きながら、僕はふっと花庭に目をやった。
 貴女の大切なあの子を、僕はちゃんと守るからね、ニコラちゃん。
 赤やピンクの綺麗な花たちが、まるで笑うようにふんわりと揺れた。


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