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『神破の姫御子』短編2
遅くなってしまってすみません…(>_<)!

『神破の姫御子』短編其の弐をアップいたします。

続きを読むからどうぞ。

『榊家のよくある日常 〜はじめてのことのは〜』其の弐




それから半刻ほどが過ぎ、厨からいい匂いが館の中にまで漂ってきた。
「おおぅ、やっと夕餉かあ」
板の間の上でぐったりする王虎に対し、雪白はまだ遊び足りないようだ。
掴んで離さない尻尾をぎゅうぎゅう握ってくる。
半刻程度の子守だったが、こんなものと一日中付き合わなければならないひとの親というものに、些かなりとも感心をする王虎だった。
己だったらきっと半日で嫌気が差して、そこら辺に放っておくかとっとと喰ってしまうだろう。
白い面にほんのり色づいた頬、まるまるとした手足は夕餉の魚より美味そうだ。
ちらりと不穏な眼差しを向けた王虎だったが、その時空気の揺れとともに何者かの声が聞こえてきた。
ピンと耳が立つ。そして即座に起き上がった。

「……なんだ?」
声だけでなくキンッと刀同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。
廊下を走る、数人の足音も、だ。
いたかとかこっちだとかいう声がどんどん近づいてきて、ついには王虎と雪白がいる室の障子が開け放たれた。

「ここだ、いたぞ!」
どっと室に押し入ってきたのは、狩衣姿の数人の武士だった。
全員が手に太刀を持っている。
王虎の隣にいる雪白を、その白い髪を認めた途端、武士たちは我も先にと手を伸ばしてくる。そして雪白を乱暴に持ち上げると、
「白髪の巫女だ――ッ!」
そう叫んだ。

「……おいおい」
呆れた王虎の声は、武士らの耳には届かなかったようだ。

『白き髪の子は女神の血を引く。この白き髪は瑞兆の徴、その子を手中に収めれば女神の力を得、この世の春を謳歌することができる』

そんな噂が世に伝わっている。
雪白や彪吾が女神の血を引くのは真だが、だからといって白き髪の御子を手中に収めれば幸福になれるというのは眉唾ものだ。
だがこの噂に踊らされる者は大変多く、白き髪の御子を攫おうと、まれにこの辺境な島までやってきていた。
この数人の武士もそうなのだろう。

「彪吾はどうしたんだあ?」
この騒ぎに気づかないはずがないと首を傾げつつ厨の方に耳を澄ますと、どうやらそちらにも賊が押し寄せてきているようだ。太刀を切り結ぶ音が聞こえてくる。
王虎としては別に雪白に対しなんの感情もない。どちらかといえばこのまま攫われていってくれた方が嬉しいとすら思える。
だがその時、武士の腕に捕らわれた雪白が、か細い声で泣きはじめたのだ。

「……おっ?」
この神社にやってきて以来、雪白は滅多に泣くことはなかった。
王虎が聞いたのはほんの数度というところだ。
先刻まで上機嫌な笑顔しか見せていなかった雪白が、ぽろぽろ涙を零して泣いている。
本来神たる王虎に、気紛れという感情はあっても、慈悲やものを哀れに思う心はない。
だが。

「しょうがねえなあ。彪吾に怒られるのは厭だし」
王虎はブツブツ呟くと、雪白を捧げ持つ武士に素早く近づき、脛に思いきり噛みついた。

「ぎゃあっ!」
白地に黒毛の交じった猫のことなど眼中になかった武士は、突然の痛みに悲鳴をあげる。

「猫!? 貴様!」
噛みつかれた仕返しに、武士は王虎の腹を思う様蹴り飛ばした。

「うぉ……っ!」
猫姿の王虎は、その蹴りに室の隅にまで飛ばされた。
「にゃ、ぁ……っ!」
蹴られた王虎を、雪白の大きな目が追った。ますます涙を零す赤児を見た王虎は、チッと舌打ちをする。
「てめえに心配されるほどおちぶれちゃいねえんだよ」
王虎は蹴られた脇腹の痛みにも構わず立ち上がった。

「よくも俺さまを蹴りやがったなあ」
そう呟くと、王虎の身体から淡い光が立ち上った。
水を通して見るかのようにゆらゆらと揺れている。

「な、なんだ……?」
王虎に相対する武士らは、その光の出現に戸惑い、後ずさった。
次の瞬間、ひとびとの目を射抜くかのような強い光が室内の隅々にまで行き渡る。

「うわ……!」
その場にいた者たちは、堪らず目を閉じた。
そして光が失せたとともにそろりと目を開け―――その場にいた巨大な獣の姿に、言葉を失った。
喉を鳴らし震わせる者、腰を抜かす者、うずくまる者、様々だったが、いずれの目にもあるのは、恐怖という感情だった
『おう、てめえら神の子たる彪吾の館でとんだ狼藉を働いたなあ。俺さまがたっぷり仕置きをしてやらあ』
猫姿から白虎姿へと変化した王虎は、武士らを睥睨した。

「ぎ、ぎゃあ……っ!」
「よっ寄るなっ!」

『ああん? 聞こえねえなあっ!』
無造作に太い前肢を振り下ろし、相手の頬を張るように横に動かすと、近場にいた武士らはあっという間にのびてしまった。
あまりにも呆気なくて、王虎は拍子抜けする。
あとに残ったのは、雪白を抱える男のみになってしまった。

「あ……ああ……」
『てめえさっきはよくも蹴りやがったなあ』
舌なめずりして近づくと、恐慌を来した男は、手にしていた雪白を王虎に向けて思いきり投げつけてきた。

『おっ、わ……っ!』
ひとの身ならぬ手では、雪白を受け止めることもできない。
慌てる王虎だったが、その時投げられた雪白を、駆けつけてきた彪吾が危うく抱き留めた。

『彪吾!』
「……雪白、無事だね」
彪吾は、白虎姿となった王虎をちらりと睨んだが、雪白が無事であることにはホッと安堵の息をついた。

「ああ……」
尻餅をついて後ずさる男を、彪吾は強い視線で見据えた。
「神域を侵すとは、神をも恐れぬ所業。即刻この場から立ち去りなさい」
深々と降り積もり雪の如く、冷たい声音だった。
白き髪の御子たる彪吾の言葉と、その隣に立つ白い獣の視線を受けて、武士らはほうほうの体で逃げ出していった。
その後ろ姿を見送っていた彪吾の目が、今度は王虎に向けられた。

「櫟」
『あっ……、こ、こりゃ、そいつが攫われそうになったから、仕方なく獣化したんだよ! 必要に迫られてってこった!』
神結島では白虎姿にはならないようにという約束だった。
それを違えたことを叱られるのだと思った王虎は、慌ててそう言い訳する。
彪吾は、だがそのことには何も言わず、雪白の涙に濡れる頬をやさしく拭った。

「恐かっただろう、雪白。――櫟、ありがとう」
『お……っ? おお、ちゃんと子守したからな! 明日は一日白樂島だぞ』
「だが約束を違えて白虎の姿になったのだから、その分は差し引くとしよう。半日だな」
『ええ!? そりゃねえよ……』
がっくりと頭を垂れる王虎へ、そっと小さな手が触れた。

「あー、あやぁ、あ、い……!」
『ん?』
「あーやあい!」
雪白の口から、同じような言葉が何度も出てくる。

「……雪白、それはもしかして、『櫟』のことかな?」
まだ拙いながら、雪白は王虎の名を呼ぶ。

『は? 俺さまの名はそんなふにゃふにゃしたもんじゃねえだろう』
「ひとはすぐには言葉を覚えられぬものだ」
『へー……』
先刻の涙はどこへいったのか、雪白はにこにこ笑って王虎のふわふわの毛を掴んで離さない。
「わたしではなく櫟の名を先に覚えるとは……」
衝撃だ、と彪吾は消沈している。

『はっ、ちょっと待て。てめえが俺さまを『櫟』って呼ぶなよ! そいつは彪吾にしか呼ばせねえ名前だぞ!』
彪吾につけてもらった名だ。ほかの誰にも呼ばせるつもりはない。
だが覚えたての言葉を使いたくてたまらないのか、雪白は舌足らずの声で、何度も櫟の名を呼んだのだった。




「――というわけでね、花菜が初めて喋った言葉らしい言葉は、『櫟』だったよ」
銘々膳に置かれているのは、白米と汁物、焼き魚に香物だ。
香物がきちんと切れておらず繋がっているのもご愛敬。いつものことと、榊家のひとびとは文句のひとつも言わず、口へと運んでいる。
夕餉の用意をするのは花菜の仕事だ。
毎食作っているのに、料理の腕はなかなか上がらない。
すみませんと小さく頭を下げた花菜に、気にするなと彪吾は笑う。

「……花菜が初めて喋った言葉が、『櫟』ですか」
秀麗な面に、密やかに乗る感情は、『面白くない』だ。
義理の兄であり、恋仲でもある匡一郎の不機嫌そうな顔に、花菜は首を竦める。
まだ赤児の頃のことだ。
花菜が覚えていないのも仕方がないのだが、匡一郎の機嫌がよくないのが自分のせいであるように思えてしまう。
花菜の幼い頃に話が及んだのは、先日島で赤児が誕生し、その子を皆で見に行ったことが起因している。
可愛い赤児でしたねと花菜が言うと、彪吾は相好を崩し、おまえもとても愛らしい赤児だったよという話になったのだ。

「花菜は幼い頃、本当に櫟が好きでね。先刻話した続きだが、あのあと花菜は櫟から離れようとせずに、とうとうその夜は一緒に床に入ったのだよ」
その時、匡一郎の額に、微かな憤りの印が走った。

「……一緒の床に?」
「仕方ねえだろ。こいつが俺さまの毛を掴んで離さねえんだから!」
彪吾の隣で魚三匹をぺろりと平らげた猫姿の王虎が、思い出したくもないことだと膨れた。

「花菜と同衾したということだな」
「ど……っ!?」
夕餉の席で何を仰るのですっ!? と花菜は顔を真っ赤にする。
だが王虎は匡一郎を鼻で笑った。

「同衾? はっ、阿呆かてめえは。赤ん坊相手に同衾も何もねえだろう」
「赤児だろうと老婆であろうと、花菜は花菜だ。同衾とは許しがたい」
匡一郎と王虎の目と目がきらりと光り、互いを睨みつける。

「あ、あの……兄さま、……お、王虎も」
食事中ですよ、と控えめに花菜が言うが、ひとりと一匹は聞こうともしない。

「あん? やんのかてめえ。いいぜかかってこいよ」
最近暴れてねえから相手になってやるよと、王虎が立つ。
食事を終えた匡一郎もまた、無言で立ち上がった。

「に、兄さま……、王虎も、ちょっと!」
だが花菜の言葉を無視して、匡一郎と王虎は室から出て行ってしまった。

「父上……」
「放っておきなさい」
白米を口に運びながら、彪吾はまったく関知しようとしない。

「それより花菜。せっかくだから昔話の続きをしよう。おまえが初めてわたしを『父上』と呼んだ頃のことはどうかな?」
にっこり微笑む父に、花菜は苦笑した。

外では匡一郎と王虎の争う物騒な音が響いてくるが、それもままあること。
神たる彼らだ。怪我など心配しなくても大丈夫。
「おまえはよく笑う子でね――」

今宵の榊家は、何事もなく平穏に過ぎていったのだった。

                        了

 
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Comment
神破りの姫御子の短編がまさか読めるなんて思いもしていなったので小踊りしてしまうほど嬉しかったです!
香月先生の小説の中でも一番好きな物語だったので本当に感激しました。
これからも応援しています。
Posted by: あき |at: 2016/01/19 11:28 PM








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